城のある町にて
小塩 卓哉

昨年度初めて本校本館の屋上に上がりましたが、学校の周辺の風景を見渡してみると、小牧山が思ったよりも間近に感じられてどきりとしました。小牧市の南端にある本校は、小牧山や小牧山城とは少し距離があるのですが、遮蔽物が取り除かれると、本校にとっても、まさに身近なランドマークなのだと再認識した次第です。
小牧山城は、織田信長が初めて築城した城ですが、最新の発掘調査では、信長が当時としては抜群の高度な築城技術を持っていたことが証明されています。いわば、小牧山の城郭は、近世城郭の始祖とも言える訳で、毎日小牧山を視界に入れて暮らす小牧市民にとっては、嬉しい新発見に他なりません。
私事で恐縮ですが、岐阜県生まれの私は幼い時から自宅の北側に見える岐阜城を仰いで育ちました。岐阜城は金華山の山頂に築かれていますが、最近の発掘によると、岐阜城の居館は山麓に構えられていたことが知られ、その信長の居館のほぼ全域が石垣によって築かれていることも明らかになっています。石垣には巨石が使用されているので、その構築には高度な技術者集団が関わっていたことが想像されます。小牧山城の築城で培った技術が、その後岐阜城で更に発展するのには、このような技術者集団が大きな役割を果たしたのでしょう。
夜となると、金華山の上のお城に灯りがともります。私の幼少期から変わらぬ姿です。また日中は山の色合いでその日の天候を予想できたりもします。山と城とが生活の一部を成しているのです。
小牧山も同様の存在なのでしょう。本校の校章にも小牧山は図案化されています。小牧山城の価値が高まるに連れて、本校も高みに上がっていくような気がしますし、ぜひそうあって欲しいと願います。「城のある町にて」は作家梶井基次郎の珠玉の短編名ですが、小牧山城を仰ぎつつ、本校で過ごす生徒それぞれが物語を紡ぐと言うならば、抒情に流れすぎでしょうか。いや、生徒たちは日々確実に物語を生み出していると思います。